監獄帰りから帰ってきたマサ斎藤の事

今更ながら、今年偉大なレスラーであったマサ斎藤さんが鬼籍に入られました。

長年パーキンソン病と戦い、その記事をNunber別冊 プロレス総選挙2018にて読ませていただいたばかりでびっくりしました。

地方ではワールドプロレスリングが遅れており、最近追悼が放送になったので今頃な感じではありますが・・・

 

マサ斎藤さんは、本当に骨の髄までプロレスラーでした。それはパーキンソン病になっても変わりませんでした。

201612月に、マサさんを応援する興行が行われました。

最後に病を押して参加したマサさんがあいさつをするために立ち上がった、その時に。

ホッケーマスクをかぶった「海賊男」が乱入し、必死に立っているマサさんを滅多打ちに!

それに必死に立ち上がり、そして見事に反撃したマサさんの姿は見る者を感動させました。

 

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さて、この海賊男、最近ファンになった方にはいまいちピンとこなかったかもしれません。

(まあ今の時代、ネットで調べればすぐ分かりますが・・・もしくは「有田と週刊プロレスと」で知っているかも)

 

結論から言えば、1988年当時大失敗したこの海賊男のアングルが、まさかこの時代に復活するとは、さすがに驚愕しました。

 

19873.26大阪城ホール大会、メインイベントのアントニオ猪木VSマサ斎藤で乱入し、なぜかマサ斎藤さんに手錠をかけて試合が?な状況になり、結果的に観客が暴動を起こすという。ある意味ものすごいインパクトを残したギミックでしたが、当時下降気味だったテレビの視聴率はまた下降、結果的にゴールデンから移動される遠因にもなったわけで。

 

しかし、30年越しに復活したこの海賊男、考えればマサさんを追い込んだ因縁の相手でもあるわけで、マサさんが立ち向かうには格好の相手であるんです。

これをプロデュースした上井氏の狙いがまさに的中したわけです。

そして今回の海賊男の正体が、マサさんと仲のいい武藤敬司氏だったことが更に会場を沸かせました。

 

30年越しの因縁に終止符を打ったこの時のイベントがマサさんに力を与えていたことを奥さんが証言しています。

戒名も「マサ斎藤」、最後の最後までプロレスラーだったマサ斎藤さん、改めてご冥福をお祈りいたします。

永田と千葉とBOSSと

99日、千葉の東金アリーナ新日本プロレス 永田裕志選手プロデュースによる大会が開催されました。満員の会場でのメインイベントは小島聡選手復帰戦で、第三世代カルテットが集結!全員元気で、非常に見ごたえのある試合でした。

永田選手プロデュース8年目、本当に暖かい、良い大会になったなあ…と感動。

 

永田選手、缶コーヒーBOSSとコラボしたCMに出ています。

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「俺たちは、消耗品かもしれませんが使い捨てじゃないんです」と、静かに語りかけるこのCMは、自分が年齢を重ねた現在、非常に身に染みる思いがします。

 

ここ数年、新日本プロレスは「過去最高の利益」を更新しており、会場は地方でも満員と

まさに黄金時代。

観客も家族連れやカップルが多くなり、本当に楽しんでいる様子が見て取れます。

(半分女性だというのも、大きな変化です)

 

そんな中、第三世代の4人は試合数も減少傾向にあり、試合順も若い方。対戦相手もヤングライオンなど。つまり、主流ではありません。

 

永田裕志選手は、不遇のレスラーだと思います。

K-1やプライドなどが台頭してきた90年代後半。メインを張るようになってきましたが、このころはプロレス界がかなり揺らいでいました。

そして慣れない総合格闘技に出陣させられ、負けてしまいます。

負けた永田選手はプロレス人気が落ち込んだ原因のように言われることもありました。

それでも、永田選手はリングに立ち続けました。

そして、数多くの激しい戦いを繰り広げてくれました。

落ち込んでいくプロレス人気を、粉骨砕身支えてくれたんです。

 

そして、ようやく人気が復興してきた今、戦いの中心からは離れたと言われるようになりました。

じゃあ、第三世代は新日本に不要なのでしょうか?

いや、そんなことは絶対ありません。

メインかどうかだけでは測れないのがプロレスの面白さ。会場人気はほかの選手に全く引けを取りません。

それに、組織として考えた場合、ベテランが若手をきちんと育てる事が出来るのです。

これだけのベテランがヤングライオンを厳しく攻め立てる、まさに獅子の子を谷底に突き落とし、鍛え上げていっている。その成果は試合を見ればはっきりわかります。

 

最近、新日本プロレスから第三世代がコーチしてくれるトレーニングジムを始めると宣伝がありました。

経験を積みかさねた彼らだからこそ、適切なコーチングができるんだと思います。

 

売上が伸びたとはいえ、まだまだ伸ばさなければいけないプロレス人気。

第三世代の力が必要な時は、まだまだこれからなんです。

友情の美しさ~ゴールデン☆ラヴァーズ復活!?

今更で恐縮ですが、1/28の新日本プロレス札幌大会で、「ザ・クリーナー」ケニー・オメガ選手が所属するバレット・クラブから追放?され、その窮地を「ゴールデン・スター」飯伏幸太選手が救出。

リング上で抱擁し、飯伏選手がケニー選手に肩を貸して退場していく姿が放送されました。

新日本プロレスワールドで見ていて、思わず涙が出てしまうほど感動してしまった・・・

感動したのは観戦していた我々だけではなく、当のケニーもそうだったようで東スポの記事を読んだら、もう完全にラブレター。

 

【新日本】ケニーが飯伏と再合体 あふれ出した盟友への思い

 

そして気まぐれな飯伏もこのタッグの復活にはとても前向きで、復活ではなく新しいスタートと言っている。

 

【新日本】飯伏がケニーとの「ゴールデン☆ラヴァーズ」再スタートへ意欲

 

そういえば以前の二人はジュニアヘビーのウェイトだったので、ヘビー級で戦うとなると確かに「復活」と言うより「新生」ゴールデン☆ラヴァーズと言う方がよさそうだな~、と思いました。

 

それにしても、同じように子供のころからプロレスにどっぷりとつかり、周りを巻き込んで「試合」を開催したり、リング上だけではない路上プロレスのようなことをはじめる二人が日本とカナダと言う遠い土地で存在しているだけでも凄いのに、その二人が同世代で、しかもインターネットからつながり、出会い、友情を育んだ。

この二人がどのタイミングでタッグチームを復活させるかはまだ分からないけど、そんなに遠くないタイミングでしょう。

 

もちろんケニー・オメガVS飯伏幸太はタッグより待ち望まれている。でも、戦うのなら最高の状態、最高の場所でと望みたい。

 

暴力に彩られた相撲を国技としていい物かどうか~プロレスを国技にした方が良いと思う。

昨年末の日馬富士の暴力騒動がとりあえずひと段落した、と思ったらまた出ました。

新たな(発生は過去ですが)暴力事件。

 

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色々と報道されているので詳細は省くけど、さすがにこの言い訳はひど過ぎる。

事件が起きたときは相撲界の一員なわけで、公表しないどころか突き放したこの言い方。こんな奴に子供を預けてしまった親御さんの後悔と、怪我されて将来の夢もぶち壊された被害者の苦悩と怒りは計り知れないでしょ。

 

こんな世の中とかけ離れた暴力と隠ぺいに彩られたスポーツを国技と言うのは恥ずかしい。そもそも国技と決まっているわけではなくて、勝手に言っているだけだし。

 

さて、暴力やしごきが当たり前だったスポーツと言えば、あまり言いたくないけど私の大好きなプロレス界もそうだったそうで。かつては練習生は訳のない暴力や、理不尽なシゴキが当たり前だったという証言は結構ありました。

しかし、今ではそんな暴力やシゴキはなくなったとの事です。例えば新日本プロレスでは真壁刀義選手が著書でも書いていますが、自分が理不尽なシゴキやスパーリングに名を借りた暴力を受け、「自分の代からは絶対にこんなことは止めよう」と誓ったという事です。

実際にその後若手選手がたくさんデビューし、その立ち居振る舞いを見るととてもいい環境でトレーニングができているとわかります。

そしてほかの団体、例えばDDT系列でも同じく若手の充実が見て取れるし(そもそもDDTの成り立ちを考えるとシゴキとか暴力はあり得ないだろうし)、きちんと会社として成り立たせなければならない事と、特に2000年代の低迷期を考えると暴力やシゴキを続けていれば本当に将来がない、と思ったのではないでしょうか?

 

最早プロレス界の方が、相撲界よりはるかに健全で楽しいスポーツになったんだと思います。そして相撲女子と同じくプロレス女子もいるし。

そうなると、もうプロレスを国技と言っていいんじゃないの?

あまり言いたくないけどプロレスにはブック(いわゆる勝敗込みのストーリー)の存在がありますが、それは相撲界にも「注射」があるので同じだし、何よりの新日本プロレスは売上ベースでは世界2位の団体でもあるし。

 

・・・まあ、さすがにそれは無理だとわかっていますが、少なくとも相撲に魅力はなくなってしまったな、と。

もう暴力団のような組織になり下がったんだな、と思うと見る気も起きないわけです。

どんな業界でも若手をきちんと育てられないと衰退するだけなんですが…

「マチ工場のオンナ」を見て思った事~リーマンショックから10年

年末にNHKで放送していたドラマ「マチ工場のオンナ」を見させていただきました。

こちらはダイヤ精機の社長である諏訪貴子さんの著書「町工場の娘」を原作としており、当然脚色はあるのですが、主要なエピソードはきちんと放送されており、丁寧に作られたドラマで面白かったです。

 

町工場の娘

町工場の娘

 

 

ストーリーなどはこちらの本かNHK公式サイトを見ていただくとして、この中でようやく経営が持ち直してきた所にリーマンショックが発生したエピソードがあります。

この時、当然不況に陥り銀行から返済を執拗に催促され、社員の出向や給料カット(こちらは社員からお願いしてカットしたとの事)などでしのいできましたが、銀行の対応は「とにかくある金は給料ではなくて返済しろ」との事。

会社がつぶれても返済しろという事でした。

最終的にはぎりぎりのところで新たな仕事が入り、何とか建て直して行けたのですが、この状況を見て思いました。

 

それはおそらくこのリーマンショック後の対応が、今の日本の製造業の方向性を完全に決めてしまったんだろうな、という事。

 

ドラマの中でも大手から取引停止を申し渡され、廃業を決意する会社がありましたが、当時は本当に廃業をする会社が多かったと記憶しています。

技術の高い町工場が無くなるという事は当然職人の働く場所はなくなるわけですよ。

そうなると技術の海外流出(海外企業から引き抜かれた職人も多かった)や、技術の継承も行われる事が無くなってしまいました。

リーマンショック前から正社員雇用の控えなどは起こってましたけど、社員から見れば「雇用を控えるものすごく都合のいいいい訳」が発生したわけです。

 

私も工場に勤めておりますが、考えればこの辺から社員の雇用や賃上げがされてません。

ドラマをみて思い出したのですがリーマンショック発生が2008年。約10年前なので、そこから日本の製造業はどんどん弱っていったと言って間違いないでしょう。

 

その結果、「メイド・イン・ジャパン」の称号の価値は駄々下がりになってしまった。

 

今、きちんと業績を上げられている企業は、この時に守るばかりではなくきちんと攻めていた企業だという印象です。

ダイヤ精機は、会社の強みはどこにも負けない技術だ、という事で諏訪社長になってから若手の育成や技術の継承を計画を立てて行っているそうです。

(そもそもリーマンショックを切り抜けられたのも「高い技術」があったからとの事)

 

ここから技術を高めていき、かつてのように「メイド・イン・ジャパン」が輝きを取り戻せるようになるには非常に困難でしょう。

今までのように定年制や社員雇用を躊躇していては先細るだけだし、何より生産人口が激減していくので頭数が足りなくなるわけです。

 

私は経営層ではないのでどうしても声を上げる事しかできないんですが、どうも煙たがれているようだし。そうなるともういいのかな?と思ってしまいますが…

 

 諏訪貴子さんの著書。お勧めです。

ザ・町工場

ザ・町工場

 

 

封印作品について~そろそろ解除すべきでは?~

 Amazonでセールしていた時にこの本を購入、読みました。

封印作品の謎 テレビアニメ・特撮編
 

 この手の本は結構色々出ており、ペーパーバック版がコンビニでも見かける。内容はピンキリかな、と言う印象だけど、こちらはしっかり関係者に取材をしており、封印された原因をきちんとつかもうとしているので非常に読みごたえがありました。

 

封印作品として知名度があるのは、次の2本じゃないでしょうか?

・「ウルトラセブン」12話「遊星より愛をこめて」

・「怪奇大作戦」24話「狂気人間」

くしくも両方とも円谷作品。内容は今やググればすぐにわかるので割愛します。

そして当然この2作も大きく取り上げられているし、筆者の安藤さんは当時の関係者や円谷プロに取材を申し込んでいますが…

特撮ファンなら知っての通り、にべもなく取材拒否の状況な訳です。

(正確に言うとこの本は以前に出た本の再編版なので、取材も結構前だと思うのですが対応は現在も変わらない(寧ろ悪くなっている)と思います)

それどころか、特撮ライターに取材を申し込んでも「今後円谷関係の仕事ができなくなる」という理由でかなり拒否される現状が(おそらく)長く続いています。

私の子供時代は、少なくともこの2作が封印されているという事とタイトル位は本などの媒体で見る事が出来たのですが、今ではそれすらわからず「欠番」のみ。

 

ウルトラセブン「遊星より愛をこめて」の方は作品封印の原因と経緯は、ほぼ判明しているし、おそらく正しいと思う。だけど怪奇大作戦「狂気人間」の方はいまいち封印の経緯がわからず、数少ない証言してくれた関係者もはっきりとした理由はわかっていないとの事で、いまだに様々な噂が流れているし、検索しただけでも相当引っ掛かってくる事がわかります。

(おそらく「きちがい」と言う言葉が引っ掛かったのではないか?と推測していますがそれだけでは根拠が薄い気もしますが…)

 

そして大きな問題は、年月が経ってしまい当時の詳しい事情を知る関係者が退職されたり亡くなったりしており、次第にその経緯が知られる機会が失われているという事。

等の円谷プロでさえ、関係者が退職されて「この作品には触れるな」と言う事のみが伝えられているという事が読み取れる。

(質問への回答が「永久に欠番」と言う事だし、本当に門前払いされているのがわかる)

 

でも、もういい加減にきちんと封印の理由と経緯を説明し、作品を公表するべきだと思う。

と、言うのも既にこの作品は検索すれば見られるようになっているし、海賊版も手に入れる事が出来る。という事は封印の意味が無くなっているのです。

 

更に悪いことに、噂に尾ひれがついているし、ネットで見られる時代になっている。そして最大の問題は「事情を知る人がどんどん居なくなっている」という点。

 

円谷プロの対応から見て、封印を解除する意図はないと思われるけど、作品制作時(何せ当時は今では考えられないほど自主規制が緩かった)には決して差別の意図はなかった訳で、むしろ問題定義の意味で作成していたと考えられるのです。

もちろん不適切な表現はあるし(と言うか、それが原因で封印されていた)、地上波では不可能だろうけど、DVDやブルーレイなどの手段では不可能ではないはず。

 

関係者への配慮をきちんと行えば理解を得られるのではないでしょうか?

 

このままでは当時を知る関係者がいなくなり、「封印」と言う事実だけが残ってしまう。そうなると封印の解除はほぼ望めなくなってしまうのです。

作品としては名作として謳われているんです。このまま永久に見られないという事は是が非でも避けたいと思います。

 

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こちらも封印作品ですね。何とかならないものか?

ゲームの思い出~アクションゲームから2D格闘ゲームについて

前回に引き続き、少しだけどゲームセンターの思い出を。

私がゲームセンターに通い始めたころは、ストリートファイターⅡが出るちょっと前位。当時はデパートのゲームコーナーによく通っていた。

子供も多く集まるゲームコーナーは結構台数が充実しており、そこになぜか「スプラッターハウス」が置いてあった。

13日の金曜日」のジェイソン似の主人公が「悪魔のいけにえ」の中に入り込んだようなその世界観はとにかく強烈。今でこそX指定のゲームは多々あるけど、当時過激なゲームはまだ少なく、これがゲームセンターにあることは貴重だった。

インパクトだけでなくゲーム性も高く、きちんとパターンを考えて進めていた。週1~2回通いながら少しずつ進めるようになっていき、4か月くらいかけてクリアーできた。初めて1コインクリアしたゲームで今でも大好きである。

 

次のインパクトは、「ストリートファイターⅡ」。いまさら語るべくもないこのゲーム、とにかく人だかりが凄く、なかなかプレイできなかった。

まだまだ腕前はひどく、クリアできなかったと思うが当時はプレイしているだけで楽しかった。リュウを使っていたが、初めて昇竜拳を出せたときはうれしかったなあ。

その後ストⅡダッシュが発売されるタイミングでSFC版のストⅡが発売。運よく発売日に手に入れることができ(確か当時は平日はいつ倍で、当日医者に行ったのでその足で買いに行った覚えがある。同級生に卑怯もの呼ばわりされたなあ)、それこそずっとプレイしていた。

SFC版で覚えているのが、発売したその週末に友人5~6人で泊まり対戦大会してたんだけど、朝起きたらもう既にバトル99(つまり99戦以上対戦していた)。お前らどんだけやってんだよ…

 

ともかくそこからは格ゲーメインでプレイ。「餓狼伝説シリーズ」「KOFシリーズ」「サムスピ」などなど。当然ストⅡシリーズもやっていました。

そんな中カプコンが「X-MEN」を発売。最初はキャラクターもわからず、何だこりゃ?と思っていた所小プロからコミックが出ると聞いて購入。一発でハマりました。

確か攻略本で読んだんだけど、キャラクターがミュータントという事でストⅡではできなかった表現をしてみたとか。

後で知ったのだけど、X-MENのアニメを輸入するタイミングで同時にコミックとゲームが出たので、多分タイアップだと思う。

ともかくこのマーベルシリーズは私の大好きなゲームとなり、「マーヴルスーパーヒーローズ(当時はマーヴル表記でした)」「X-MENvsストリートファイター」などなどめちゃくちゃやりこみました。

特に「X-MENvsストリートファイター」は薄給の中頑張ってゲーメストビデオを購入。その人間離れしたプレイに、こんな動きができるの…?とその時受けた衝撃は今でも覚えている。

残念ながら当時周りではあまり流行らず、たまに対戦台で乱入されてもエリアルレイブも使わないプレイヤーばかりで寂しい思いをしてた。

 

マーベル社はゲーム制作に慣れていないのといろいろと制約が多く、カプコンはいろいろと苦労したそうな。キャラチェックの際「右向きのキャラはわかったのだが左向きのはいつ送ってくれるんだ?(キャラは反転して使うので左右同じ)」と聞かれたり、2Pカラー選定が異常に厳しかったり。

でも、ゲームの出来が良かったためか次第にそういった制約もなくなり、自由にマーベルのキャラクターイラストを描いていいという許可もらったとか。これ実はかなりすごい事なのだ。

一時このVSシリーズは途絶えてたけど、映画のヒットも手伝ってかシリーズが復活し、新作も発売されるといううれしい展開。

そうそう、このゲームだけは当時からアメリカ勢が無茶苦強かった覚えがある。単純にプレイ人口の違いとキャラクターへの愛着だろう。

 

最近は2D格闘ゲームも少し復活の兆しを見せている。それインターネット中継により、プレイが世界中でみられるようになり、エンターテイメントとして確立したから。

思えばアメリカはショーとして成立するのが非常にうまい。大食いや早食いもフードファイターとして確立しているし、プロゲーマーもそうだ。ゲームプレイが職業になるなんて、子供のころには夢でしかなかったのだ。